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映画「沈黙の激突」を見た

ストーリーがよくわからなかった。なによりセガールが太りすぎて動作が遅くなってるんじゃないかと思う。もうちょっと肉体を維持したほうがいいと思った。
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民主党が議席数で共産党に負けててびっくりした

参院選では議席ひとけたを目指してもらいたいものだ。

映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を見た

世の中も主人公も間違ってる。でも、私にはセルマのかたくなで融通の効かなすぎる行動を断罪できない。ミュージカルシーンへの逃避がなかったら、この辛すぎる物語を最後まで正視できなかったと思う。

映画「着信アリ」を見た

巨大な音で驚かせる「ビックリ演出」は、ホラーにおいては邪道だと思っているので、その点はかなりマイナスだが、日本のホラー映画としてはキャスティングが非常に豪華なので、その点は大変お得な映画と言えよう。ただ、この映画を見たのが、『俺はまだ本気出してないだけ』を見た直後だったので、堤真一の演技にイマイチ乗りきれなかった。

映画「華麗なるギャツビー(2013年)」を見た

映像の色彩加工が強すぎて激しく興を削いだ。ギャツビー登場までが非常に退屈だし、その後の成り行きも情動表現が強するために、どうにもならない理由で生き別れになった若い恋人たちの切なさが弱い。また、このいわば「時代劇」とも言うべき映画のBGMにヒップホップを持ってくるのは場違い過ぎて、なにかの呪いではないかと思ったほどだ。

宮崎駿の新作映画

「華麗なるギャツビー」スタート直前に宮崎駿の新作映画「風立ちぬ」の新作映画の予告編が流れた。
ビデオ男の後に流れ流なんてのは初めて見た。特別扱いだ。

主題歌は荒井由美の「ひこうき雲」だが、映像とは合わないイメージだ。あと一つ気になったのは「ナイスキャッチ」なんて言葉が1920年代にあったのか?ということだ。

何れにせよ、長い予告編を見ながら、この人今回全然ノってないなと感じた。

キャッチコピーの「生きねば」って、ウンナンの「やるならやらねば」かよ。

JUJU / Dreamer

今日偶然聴いて感銘を受けた。

映画「俺はまだ本気出してないだけ」を見た

少し形を変えた「無能の人」(竹中直人監督作品)のようでもあるが、グータラでありながら、ポジティブな希望を絶やさない主人公と、そして彼に対して生やさしい周囲の人々が昨今の辛い世の中にあっては嬉しい。生きて行くことは苦しいことかもしれないが、いつも彼のように居られたらいいなという夢を見させてくれるおとぎ話でもある。劇場は良い意味で、かなりの苦笑・失笑の嵐であった。

こいつはとんだ国粋主義

「世界一受けたい授業」で、零戦を世界一の戦闘機だと褒めている。ろくな脱出装置もなく、装甲レベルの低い戦闘機をなぜ賛美するのか?どれだけの日本人が犠牲になったと思っているのか。

映画「ローズマリーの赤ちゃん」を見た

「ホラー」というジャンル分けを超越した静かな心理劇。逃げようはなく、周りの人がほとんど敵という状況も含めて非常に怖い。

映画「ミスティック・リバー」を見た

結末有りきで構成したような不明瞭さを感じる。ショーン・ペンが演じる役どころには全く共感できず。

子宮頚がんワクチン接種中止の動き

各地で子宮頸がんワクチン接種を積極的に勧めない動きになっているそうで、厚労省がこんなに素早く動くとは、よほどまずいことがあったのだろうと推察される。

映画「宇宙戦艦ヤマト2199 第六章」を見た

頼むから萌えキャラはやめてくれ。作劇上必要だったら仕方ないけど、不要だろ。

萌えキャラ、萌え設定を導入したためにものすごくたくさんの表現が犠牲になってるだろ。この映画の監督はドメルの最期をどうしてあんなに軽く扱えるんだよ。

〜〜〜

宇宙戦艦ヤマト2199もついに第六章である。第一章を見たのが昨年の4月頃だから、一年以上このシリーズと付き合ってきたのである。

第一章を見た時から気になっていたのが、ムチムチピンク制服の女性看護師だとか、アホ毛だとか、メガネの半熟女風味とか、必要以上にサイボーグっぽい真田さんとかだったが、回を追うごとに不安は不満に形を変えていった。

会社でもよくあることだが、独自性を出したいお偉いさんとか、いきなりビッグプロジェクトを任された責任者とか、不必要な暴走をしてしまう人々が湧いて出てくるのはなぜだなんて問わずとも理由は分かっている。無能なものほど自分が無能でないことを証明したいからだ。

オリジナルのストーリーをコテコテひねくり回して余計な成分加えたがために、本題が薄まってしまってものすごく軽くなっている。ドメルはなぜ決戦の場を七色星団に選んだのか。どうして彼は自決の道を選ばなければならなかったのか。旧作において常にドメルに批判的だったゲールが最後に見せた覚悟の表情はなんだったか。どうしてドリルミサイルの口から飛び出るアナライザーは旧作と比べて新作ではこんなにも活きが悪いのか。全てにおいて勢いがない。旧作に負けまいというところから出発しているから、「かくあるべき高み」というものを制作陣が認識していないから高いも低いも理解できず、表現は単に「絵がきれい」という非常に低いところにとどまらざるをえない。そしてその画すら第六章に至っては時間不足のせいか所々で作画崩壊している。レギュラー出演陣と、エキストラの顔を比べるととんでもなく差があるのがわかる。(準レギュラーもところどころ崩壊している。)

今回のメインエベント「七色星団の闘い」は、無駄な装飾が目立って非常に面白くなかった。科学考証をちゃんとやったなら、どうして傾いた空母の甲板から航空機がザラザラとこぼれ落ちるのか。甲板にも重力を効かせる装置が働いているのだろうか。ぎりぎりで波動防壁が働いたからドメルの自爆も、ほぼ無駄死でしたとか、どうしてそういう事するのかなあ。戦死者を宇宙に流してとむらいつつ、船腹に大穴を開けて煙をあげながら航行するヤマトの後ろ姿でどうして闘いの幕を閉じられないのか。本当に残念でならない。(一瞬後に完全に穴がふさがっているのがヤマトの不思議)

出来の悪さは闘いにとどまらず、眠りから目覚めたユリーシアが「波動エネルギーは平和のためのエネルギーです」とか、そういう九条信者みたいな事は別の場所でやってくれ。

「ぎゅっとして欲しいの☆」とかそういうの、もうかんべんしてくれよ。

ラストはデスラー砲発射みたいなシーンで切って、最終章につないだけど、どうせ真田さんが反射衛星砲で思いついた亜空間メッキでなんとかするんだろうと思う。最終章第七章は8月24日公開である。腹は立が、見に行ってしまうであろうことが悲しい。

もう本当に制作陣はなんらかのとてもいやらしいバチが当たって下さい。

プロフェッショナル 仕事の流儀を見た

「山谷『ドヤ街』を支える医師」というテーマで、今日の「プロフェッショナル 仕事の流儀」は構成されていたのだが、そのなかで登場する病人が、この病院の飯は不味いだの、流動食はいやだの、言いたい放題である。

最後の最後に、その彼が退院してからタバコ吸ってるのを見て呆れたし、それを美談として放映しているNHKにも呆れた。この彼の医療費はどっから出てんの?彼の私費で全部まかなってるなら何も文句言わないけど、そうじゃないでしょ...

映画「英雄(HERO)2002/中国」を見た

いくら超人的な人々の戦いだからといって安易なワイヤーアクションはおすすめできない。

映画「わたし出すわ」を見た

淡々とした語り口で、自分はこれ嫌いじゃないな。劇場で見た人は戸惑ったかも...

厄年祈願

「怒り新党」を見ていると、マツコデラックスが「お寺に行ったら、フェラーリとかの高級車が並んでいた。自分が払った祈祷料が結局こういう形になるのなら、なんの効果があるのかわからないので、厄除けとかはしなくなった」とか言ってて面白かった。

映画「エリン・ブロコビッチ」を見た

ハービー・デント(トゥー・フェイス)が何やってんだよこんなとこで!それはともかく、ジュリア・ロバーツやアルバート・フィニーもすごいが、エキストラのひとりひとりまで皆すごいね。迫力があるわ。

日本もサッカーワールドカップに出場できるらしいが

イマイチ自分的には盛りあがりに欠ける。

もちろん5連続出場はすごいことだし、日本のサッカーも強くなったなと感慨深いのだが、なんとなく「出て当然」みたいな感じになってしまっている。

また、大会に出たとしても、ものすごく強い国がたくさんあるのである。ブラジル、イタリア、ドイツ、イギリス、スペイン、ポルトガル、アルゼンチン、フランスなどなど、パッと思いつくだけでもめちゃめちゃ強い国ばかりなので、優勝できそうな感じがしてこない。これがやっぱり盛り上がってこない要因だろうなあ。

なんか似てる

公明党の北側副代表と、俳優のベニチオ・デル・トロは、なんだか似ている。

北側公明党副代表
ベニチオ・デル・トロ

映画「G.I.ジョー バック2リベンジ」を見た

日本は無視ですか、ああそうですか。それはともかく、韓国人が忍者。これはやはり日本俳優の心意気の無さが現れてるんだろうなと残念でならない。映像はジャンジャンバリバリ面白かったが、ストーリーと演出は非常に雑であった。

映画「プラダを着た悪魔」を見た

まあ、お伽話ですわ。

映画「クロユリ団地」を見た

そもそもこんな映画に一片の期待をいだいてしまった自分に問題があるとしか言いようがないのだが、それにしても、もう少し上手く撮れなかったのかと思う。


〜〜〜 これ以降はネタバレあり 〜〜〜

















映画としてもだが、特にホラー映画として、非常に拙(つたな)い。

例えば最初にジジイの死体を発見するシーン。まず電気の止められている部屋で異臭がした時点で普通は119番である。だがこの映画では蛮勇を奮って部屋のその先に進んでいく。こういう基本的なところに現実味がないので、そこから先のカットが説得性をもって展開していかない。

次にジジイの霊に出会う場面。くるっと振り向いたジジイが、ゆーっくりゆーっくりとこっちに歩いて来るのだが、ホラー映画ならここで当然手元の明かりがチカチカッと点滅して、パッと明かりの点いた瞬間にジジイが目の前にババーンと急接近とか、テケテケみたいに高速でジジイが這ってくるとか、そうあるべきではないのか?

主演女優とその家族が話すシーン。別撮りみたいにおかしな間(ま)で進行するのだが、それが主演女優の演技のヘタさによるものなのか、意図的なものなのか、ネタバレ直後まで判然としないのである。「判然としない」ということが意図的な表現ならそれで合格だが、稚拙さ故の破綻だと思われてしまう時点でダメだと思う。

その他にも「来るぞ来るぞ」と思わせて結局来ないというシーンが散りばめられている。

ホラー映画としてそうあるべき展開をあえて外すという試みは買う。しかし、そういう定石外しは実力が伴ってこそだ。表現を裏付ける力(ちから)がないから、映像はものすごく薄っぺらいものになってしまう。

例えば、ナニモノかがドアをノックして、それをドアの覗き窓しに確認しようとすると、だれかの目がバン!と登場するが、実はそれはタダの郵便配達人であったとかそういうフェイクとか遊びの類すら用意されていない。

登場人物それぞれのネタバレも早い。上映時間は二時間弱なのに、一時間くらいで全てのネタが明かされる。こういうのは最後の最後に刑事の口から問わず語りでモンタージュされるとか、あるいは最初におもいっきりネタバレしてしまうとか、もっと極端なやり方もあったのではないか?

実は全て主演女優が監禁されている精神病院のベッドでの妄想だったとか、そういうミスリードの仕方ももっとあったはずだが、遺品整理会社の男性という余計な登場人物をリアルに織り込んでしまったために、そういう解釈の多面性をも持ち得ない。

長い長い時間を使っても結局できあがったものは非常に退屈な上、ホラーですら無くなっている。

原作は読んでいないので、この映画がどの程度忠実なのかそうでないのか分からないが、映画としては非常に拙い。とても残念な映画だと思う。

原作ありきなのでおかしなことを言ってしまっているかも知れないが、主人公危機一髪の間際に、主人公の亡くなった家族が全員出てきて妨害するという展開も考えられなかったのだろうか。主演女優の立ち位置を考えると、そういう改変も許されるのではないかと思ったが。

映画「荒川アンダーザブリッジ」を見た

「おちゃらけた寺山修司」という感じ。この手の映画に必ず出てきそうな竹中直人が出てこないのも好感。桐谷美玲の棒読みも違和感ない役どころ。小栗旬というのはタダの二枚目というわけではなく、映画全般に関わるひととして将来性があるのではと思う。

映画「オブリビオン」を見た

2013年最高のがっかり映画(2013.6.4時点の評価)。だらだらクドい描写に音楽と音響だけは大サービスで、序盤はぐっすりと寝てしまった。なのに不思議とストーリーはわかってしまうデジャブ満載感。CGがどんだけ美麗でもそんなのいまどき驚かないしね。それに最後の「彼」は、やっぱり「彼」ではないだろ。あと、ボスキャラの個体識別能力ってどんだけ低いんだよ。

映画「ポゼッション」を見た

「呪いの箱を開けた少女が悪魔にとりつかれる物語」と言えば月並みな話ではあるが、その話を至極まっとうに月並みに作って見せる。そう言ってしまうと面白くなさそうに思えるかも知れないが、その月並みぶりが非常に気に入った。

やさすいって

ぜんぜんキスの味とかしないんだけど…

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simon64

Author:simon64
物欲に悩まされる日々の記録。

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