映画「バンコクナイツ」を見た

見るべきところは多々あれど、身内・関係者がハードルを上げすぎて、かえってつらい状況に陥っているような印象。登場人物の誰一人として共感できなかったのは珍しい。それにしても日本人俳優もあっちの人俳優も、棒読みがひどくて見ていられない。

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2017年2月24日の日経新聞映画評において本作はとてつもなく高評価されていて、日経の映画評というのはおおむね的確なため、これは見なくてはと心のブックマークをしていた。 幸いにもテアトル新宿の上映期間に時間が作れたので鑑賞。客席はほぼ満員の状態で上映開始である。

のっけからの映像と、絶妙なノリの音楽は非常によく、一気に劇中に引き込まれる。ただ、その没入感もたったの5分で立ち消え、あとは退屈きわまりない3時間の始まりである。

お話はバンコクの売春宿で働く女性達と、それをとりまく極めてだらしない日本男児達と現地男性達の物語で、すべての登場人物全員に全く共感できるところがなく、最後まで心底退屈した。

たしかに東南アジア諸国を取り巻く状況は厳しく、それは未だ残る帝国主義の爪痕なのかも知れない。曰く「ベトナムはアメリカにズダボロにされた」。確かにそうかもしれないが、我が国日本もズダボロどころか原爆二発も落とされた上に、アメリカから押し売りされた原発のおかげでこんにちただいまもどえらいことである。だけど我々はホロコーストさながらの社畜輸送列車に日々押し込まれながらも社会秩序を守るべく労働の義務を果たしているのだ。それが結果としてサービス残業の果てに自殺者を招いたり、心を病む人々を大量生産する社会を作り出してしまっているとしても、少なくとも状況に甘んじることはなく改善に向けて的外れかも知れないが様々工夫を続けているのだ。

しかるにこの国タイの男どもは何をやっているのか。他国の金持ちがやってきては、その連中に対して自国の女どもが身体を売って生活を支える現実を受け入れているとはなにごとか。しかもその「他国」とは果たして我が国日本の男どもとだったとは誠に情けない。その上、この映画では金満日本人に群がって糊口をしのぐ現地の日本人どもが描かれていてと言うか、そういう連中がむしろ主役で、さらに情けない。この国に誇りあるのですね、龍馬は泣いてやしませんか。

そこはむしろ物語の背景となる部分で、文句を付ける筋合いではないのかもしれないが、日本人としては同胞がよその土地でやらかしていることに対して非常に気になる。

女優はほぼ全員がとんでもない棒読みで、シーン間のつなぎは極めて悪く、日本人男優も滑舌悪く感情表現に乏しい。これなら全部英語かタイ語にでも統一して全部字幕にした方が良かったんじゃ無いかと思えるほどだ。女優の演技力が低いために本来なら登場人物を限定したり、個々のキャラの造形を特徴的にして場面場面でクローズアップする必要があるにもかかわらず、カメラは常に引きの定位置カメラで群像をとらえているだけなので、注目すべきポイントが常に曖昧だ。様々社会的な問題を提起しているのはわかるが、モザイクのようでいて本当に様々な色板を単に思いつくまま並べているだけなので、点描派の画とは全く真逆の効果で、遠目に見ると色が濁ってしまったグレーの板にしか見えないような、そんな印象をしか与え得ない。

各映画レビューサイトを見ても、不自然なほどの絶賛レビューがあふれかえっており、そのために却って作為的なものを感じさせてしまう。「君の名は。」のレビューにびっくりするほどのアンチがわいているのと真逆の状況を感じる。

もちろん地方都市の風景、周辺国との関係、風俗など、非常に良く描かれている、普段知り得ない所はとても興味深かったが、それにしても3時間もの尺が必要だったのかとは思う。長すぎて却って言いたいことがぼやけたのではないか?

3時間かけてつまらないとこもあれば興味深いところもあったので、時間の無駄遣いだったとは思わないが、上映1時間を経過したところで退席して帰って行く人たちが10人以上いたのは印象的であった。ちなみにテアトル新宿のチケット代は会員1500円、非会員2000円である。

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映画「T2 トレインスポッティング」を見た

ダニー・ボイル監督の音楽、映像、色彩感のセンスに改めてほれぼれする。特にベロニカを演じたアンジェラ・ネディヤコバのかわいさが秀逸で、彼女無くして成立しない映画と言っても良いと思う。過去の映像との対比の中で、「彼ら」の物語は現在につながり、そしてそれぞれの落とし前を迎えて痛快。

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小気味よい映像 〜 お好み焼き屋台

もう小気味よいと言うほか無い映像。ここまで盛りの良い屋台のお好み焼きにはあたったことが無い。



落合シェフは怖い

NHKの「アサイチ」を録画してみている。今日の分を見ると、有名なイタリアンの落合シェフが出てきて弁当風のご飯を作っていた。

ただ落合シェフ、アシスタントの男性にすごく威圧的というか怖いというか、見ていてアシスタントが気の毒になると同時に、不快感がこみ上げてきた。

落合シェフはテレビに出ない方が良いと思った。

映画「ムーンライト」を見た

見る人に労苦を強いる作品。もしトランプ政権が発足していなかったら、本作はアカデミー賞を受賞できただろうか。


「見るものに美点を探させる置き方ですな」とは、「無能の人」における山川軽石(神戸浩)さんの言葉であるが、見終わってからなんとなくその言葉を想い出した。

110分の映像に込められた内容は重く深い。なのに「マッドマックス 怒りのデスロード(以降MMFRと記載)」以上のすっ飛ばし方で登場人物紹介やら時間軸までもすっ飛ばす(MMFRはたった数日のできごとだが、本作は十数年が経過する)ので、パートチェンジ毎に観客は一瞬真空地帯に置かれた気分になる。

マイノリティ、いじめ、ネグレクトとくると、どうしても「プレシャス」が思い浮かぶが、あっちはソーシャルワーカーの救いの手が伸びて勧善懲悪的な出口が見つかる物語だった。

ゲイやトランスジェンダーをテーマにした映画だと「ロッキーホラーショー」では明らかに見世物としてのドラァグクイーン的な際物扱いだったが、「ダラス・バイヤーズクラブ」ではとても真摯なまなざしを注いでいた。

もっと視野を広くヘイトクライムに置くと「ブローバックマウンテン」や「イージーライダー」も浮かんでくる。

本作の主人公は極めて言葉少なく内向的なため、周囲の人物のセリフから状況を掘り起こす必要がある。映像は美しいが物語は断片的だ。

もちろん被差別者がさらに蔑視すべき弱者を見つけて叩く構図は一貫しているんだけど、でもそれってなんなんだろうなと思う。マイノリティって言ったって、日本人だって韓国人だって世界の中じゃマイノリティだ。無知・無教育・貧困・差別は「レ・ミゼラブル」の時代から描かれてきた問題だし。

第89回米国アカデミー賞で本作は「ラ・ラ・ランド」と競り合った上、作品賞を受賞した。確かに「ラ・ラ・ランド」は音楽も映像も素晴らしい名作ではあったけど、過去のミュージカル作品、たとえば「シェルブールの雨傘」と比べてどうなんだと言われると微妙なところだと思う。押し切れない部分があって本作「ムーンライト」の受賞に至ったと言うこともあるんだろうけど、これって多分に政治的な側面があって、トランプ政権に米国アカデミーが急遽突きつけた"No!"の旗印でもあるのかなと思う。

米国アカデミー賞の場合「ハートロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティー」「アルゴ」「スポットライト」みたいな米国内状況を投影した映画が高く評価される傾向はあるけど、本作の受賞はだしぬけやぶからぼうな感じもあって、それが作品賞贈呈時のドタバタ劇に象徴されていたように思う。

結局これだけいろんな映画の名前を引用させてしまうこと自体、ちょっとこの映画の弱さというのか、最後の押しの足りなさというものを感じさせる。

それと、どうしても男同士のキスを見ても私はキモチワルイとしか思えないし、それを差別だと糾弾されても、自分の整理に根ざしたことを責められるのと同じでどうしようもないと思う。LGBTQを尊重するという建前はわかる。しかし男同士のキスを見てキモチワルイと感じるのは私の感覚だし、その私の感覚もLGBTQ同様尊重してもらいたいと思う。

映画「ラ・ラ・ランド」を見た

選曲センスは素晴らしく、高画質なのにあえて古い映画を模した編集も非常にいいけど、常にどこかで見たような映画だなと思いながら見ていた。だが、終盤20分の「あのとき二人がもし...」な怒濤の展開に心を射貫かれた。夢のような名作。

自分的に少し違和感があったのが、ミアが「夢を追うこと」に対して必要以上にかたくなで融通が利かなかったこと。彼女は人気バンドのメンバーに不本意ながら身を投じたセブを責めた。そこがとても不思議だった。

たとえば「デトロイト・メタル・シティ」ではスイートでハニーディップなポップソングでスターになることを夢見る根岸君が、どういうわけだかデスメタルの帝王として君臨してしまう不条理を描きながら、見るものは誰かを幸せにしている心優しき根岸君を愛するわけだ。「大人」になって夢をあきらめるとかそういうことではなくて、なんとなく流されて生きることも往々にしてあると思うし、それを断罪する権利など例え恋人であってもないと思うわけ。だから、あのシーンだけがとても違和感があった。ただ、あそこが無ければこの映画のストーリーは展開しないんだけど...

思うにセブの胸中を占めていたものの内、夢よりもミアの方が大きかったのだ。ミアを喜ばせたい、ミアのためにしっかりしたい、将来の夢のために今は不本意なことでも自分ごまかしてもいいからやっていきたい。それがきっと二人にとっていいことだから...

でもミアは少しちがっていたんだろう。セブを愛しながらも女優への道が一番大事な夢だった。

結局オーディションの話をミアに届け、フランスへの背中を押して、そして身を引いたのはセブ自信。夢が叶って自分の店を持ったときにセブが飾ったサインもミアのデザインしたものだった。

ミアとセブ、どっちの気持ちが強かったのかな。きっと少しだけセブの方がミアのために自分を犠牲にした。でもラスト20分の二人の思いを見た後ではそんなことどうでも良いよね。じゃあね、良かったね、互いの事を思うそんな二人のまなざしで気持ちがすっとなるような、素晴らしい終わり方だったと思う。苦いけど、人生は甘くも苦いものだから。

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楽天から引っ越してきました。ヨタ話で世界を恐怖のタン壷におとしいれたいと思います。

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