映画「ムーンライト」を見た

見る人に労苦を強いる作品。もしトランプ政権が発足していなかったら、本作はアカデミー賞を受賞できただろうか。


「見るものに美点を探させる置き方ですな」とは、「無能の人」における山川軽石(神戸浩)さんの言葉であるが、見終わってからなんとなくその言葉を想い出した。

110分の映像に込められた内容は重く深い。なのに「マッドマックス 怒りのデスロード(以降MMFRと記載)」以上のすっ飛ばし方で登場人物紹介やら時間軸までもすっ飛ばす(MMFRはたった数日のできごとだが、本作は十数年が経過する)ので、パートチェンジ毎に観客は一瞬真空地帯に置かれた気分になる。

マイノリティ、いじめ、ネグレクトとくると、どうしても「プレシャス」が思い浮かぶが、あっちはソーシャルワーカーの救いの手が伸びて勧善懲悪的な出口が見つかる物語だった。

ゲイやトランスジェンダーをテーマにした映画だと「ロッキーホラーショー」では明らかに見世物としてのドラァグクイーン的な際物扱いだったが、「ダラス・バイヤーズクラブ」ではとても真摯なまなざしを注いでいた。

もっと視野を広くヘイトクライムに置くと「ブローバックマウンテン」や「イージーライダー」も浮かんでくる。

本作の主人公は極めて言葉少なく内向的なため、周囲の人物のセリフから状況を掘り起こす必要がある。映像は美しいが物語は断片的だ。

もちろん被差別者がさらに蔑視すべき弱者を見つけて叩く構図は一貫しているんだけど、でもそれってなんなんだろうなと思う。マイノリティって言ったって、日本人だって韓国人だって世界の中じゃマイノリティだ。無知・無教育・貧困・差別は「レ・ミゼラブル」の時代から描かれてきた問題だし。

第89回米国アカデミー賞で本作は「ラ・ラ・ランド」と競り合った上、作品賞を受賞した。確かに「ラ・ラ・ランド」は音楽も映像も素晴らしい名作ではあったけど、過去のミュージカル作品、たとえば「シェルブールの雨傘」と比べてどうなんだと言われると微妙なところだと思う。押し切れない部分があって本作「ムーンライト」の受賞に至ったと言うこともあるんだろうけど、これって多分に政治的な側面があって、トランプ政権に米国アカデミーが急遽突きつけた"No!"の旗印でもあるのかなと思う。

米国アカデミー賞の場合「ハートロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティー」「アルゴ」「スポットライト」みたいな米国内状況を投影した映画が高く評価される傾向はあるけど、本作の受賞はだしぬけやぶからぼうな感じもあって、それが作品賞贈呈時のドタバタ劇に象徴されていたように思う。

結局これだけいろんな映画の名前を引用させてしまうこと自体、ちょっとこの映画の弱さというのか、最後の押しの足りなさというものを感じさせる。

それと、どうしても男同士のキスを見ても私はキモチワルイとしか思えないし、それを差別だと糾弾されても、自分の整理に根ざしたことを責められるのと同じでどうしようもないと思う。LGBTQを尊重するという建前はわかる。しかし男同士のキスを見てキモチワルイと感じるのは私の感覚だし、その私の感覚もLGBTQ同様尊重してもらいたいと思う。
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