映画「ふがいない僕は空を見た」を見た

てめえコノヤロー、エロだと思って観に行ったらめちゃめちゃいい映画だったじゃねえか、感動しちゃっただろうが、いい加減にしろ!

〜〜〜

田畑智子ファンの私。「田畑智子のエッチなシーンがある」ってことで見に行ったのである。所があにはからんや、これがとんでもない名画だったのだ。

姑から「石女」の烙印を押されて悪態の限りを尽くされる田畑智子、女としての屈辱をこれでもかとあじあわされる毎日。彼女のはけ口はアニメのコスプレであり、そんな中、主人公である永山絢斗と出会い、いつか二つの魂は互いに抜け出ることのできない魂の迷路に落ち込んでいく。それは性欲のはけ口だったかも知れないし、現実逃避だったかも知れない。だけど、そんな細々した理屈なんてどうでも良くなるのが出会いなんだろう。

そんな心理が角度を変えた映像の繰り返しでモンタージュされる。長い、すごく冗長な描写だけど、全く退屈を感じさせない筆致に監督ののもすごい才能を感じる。

その傍ら進行する同級生、窪田正孝の物語。大河ドラマ「平清盛」で重盛を演じた彼が、現代の若者をそのまま演じている。彼が置かれている境遇は「団地住まい」に代表される、いわゆる「底辺」と自嘲気味に語られる(その実本当の底辺ではない)市井の人々であるが、そこには山本周五郎のような温かみはなく、もっと殺伐とした日本人が失おうとしているものを本当にほぼ失っているかのような状況がある。

ただ、見ているものにとって唯一の救いは、登場人物の誰ひとりとしてぶち切れることなくその立場から離れようとしないことだ。

物語の最後、駅のホームに独り佇んでいる田畑智子。彼女の行く手はどこなのだろう。希望なのか、それとも全く違う旅立ちなのか。

新たな生命、それはなにを意味するのか。物語を見るものによってその結末は異なると思うし、でも、私は希望を見出したいと思った。

演出上非常に面白いと思ったのは、主人公である永山絢斗は、自分を取り巻く人々を襲う極悪な状況を何一つ知ることなくぬくぬくと部屋にこもっているように見えながら、その実ひきこもった原因というのが後々わかる演出でこれは非常に秀逸だなと思った。

私に取っては 2012 年ベストの作品であり、セックス描写があるから R18 なんて下らない狭量なことは言わず、むしろこれからを生きる若い世代にこそこの映画を是非見てもらいたいと強く思う。
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